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それは強行受験

青いポストに載って以来、僕の周りもいろいろと面白い展開を見せておりますが

昨日から今日にかけて、誕生日も絡んで、暖かいコメントやメール、カードをたくさんいただき

この場を借りて、改めて御礼申し上げます。なんだかとってもうれしくなってしまいました。

こんなに応援してもらったら、またがんばりたくなっちゃいますね。

よーし!アクセルを踏み込んで、あの空の下を目指しましょう!ふふっ


今日は8日のチビ講演会に話すことの準備を兼ねて、高校入試の話を書きますね。

前にも少し書いたことがあるで、面白くない人もいると思うけど、ごめんなさい。
 
 
この間は中学校の話を書きましたが、友達とも先生とも楽しく過ごした中学校。

でも、進路問題が出てきたとき、僕には行くところがなくて、本当に大変だったんだよね。

いまでも関係者の中では伝説のようになってたりするんだけど、

結果的には1番の理想が叶って、函館養護学校の高等部に入学することが出来ました。

この高等部。なんと僕が卒業する年に出来たんだよね。メチャメチャ、ラッキーでしょう?

それでなくても選択肢は無いに等しい状況で、この学校が出来たのは本当に奇跡といっても良いよね。

というのも僕はいわゆる重度障害者になるんだけど

そのころはまだ重度の子供が行ける高等部ってなかったんだよね。

ひとつだけ八雲養護学校はあったんだけど、そこは入院患者じゃのための学校。

そこにある筋ジス病院に入院しないと入れなかったんです。いまは例外もあるみたいだけどね。

で、もともと八雲に住んでた僕が函館に引っ越してきたのは

入院しないで通える養護学校に入るためだったので、いままた八雲に入院するということは

その時点では考えられなかったというわけです。

でも、そうなると僕の行く高等部はなくなってしまう。

まぁ軽度の障害をもつ子供が行く学校はあったんだけど、重度の高等部はホント八雲以外に無かったからね。

その理由は重度障害者というのは、おうおうとして重い知的障害があることが多いので

勉強を教えるという意味では、高等部に入ってもあまり意味がないと考えられてたんだと思います。

ただ八雲の場合は、重度でも知的障害のない筋ジス患者のために作られたというわけでね。

だけど、入院が確実にネックでした。


とにかく、そんな状況ではあったんだけど、そこに助け舟というか高等部が出来ちゃったんです。

それは中学校を卒業してから、行くところがなかった子供達が過去にもたくさんいて

長年にわたって、みんなが要望し続けた結果だったと思います。

ところが、この学校が曲者で、せっかく出来たのに僕には受験資格が無かったわけです。

というのは、この学校には重度障害者で、なおかつ知的障害もある人という条件がついたわけで

知的障害のない僕は、受験資格が無く、この学校にも行けない可能性が極めて高かった。


まぁ学校に行けなかったら、今みたいに家にいて、自分なりに勉強したり

何か活動らしきすることをしても良かったわけで

また定時制の学校に入って、父がいるときだけでも、学校に通うといことも考えていました。

それは僕というよりも、親が考えてたことで、正直僕は何も考えてませんでした。

なんだろう。考えても仕方がないというか、なるようにしかならないなぁという気持ちもあったのかなぁ。

それに、たとえ高等部に入れたとしても、クラスメイトはみんな重い知的障害があるはずなので

友達にはなれるかもしれないけど、

同じレベルで対等に付き合える友達にはなれないだろうと心のどこかで思ってたのかもしれない。

もちろん、そういう友達は中学校にはいたんだけど、みんな軽度の養護学校に行くことが決まってたので

なんていうかどっちみち、みんなと別れちゃうっていう感覚が強かったんだよね。

まぁ特に自暴自棄って分けでもなかったんだけど、どこに行っても変わらないかなぁって

周りの努力とは裏腹に、どこかさめてた自分がいたような気がします。

まぁあとになって思うと、高等部はメチャメチャ楽しかったわけで

もっと真面目にやっておけばよかったなぁって思うんだけどね。僕もまだ社会勉強が足りたい時期でした。


でもね、僕の気持ちがどうあれ、やっぱり高等部に入るというのは魅力的でした。

知的障害があることが前提の学校なので、どのくらい勉強を教えてもらえるかも分からないけど

それでもやっぱり家にひとりでいるよりも圧倒的に学校に通ったほうがいいとみんなが思っていました。

学校に行けば必ず先生方もいるし、いろいろと刺激にもなるだろうから、行けるとしたら

絶対に行ったほうがいいということでね。でも、結果的にはそれが大正解だったわけです。


さて、資格外の僕が、どうやってこの受験を突破したか、それは強行受験でした。

もちろん、受かる可能性は低いけど、受験をするのは自由だろうという気持ちもあり

そこには落ちても良いから受けてみようという、父の考え方がありました。

ホント何人受けるかも分からないし、もしも定員が割れれば、校長の裁量で入れる可能性もある。

受験しないということは、自分でチャンスを摘み取ってしまうみたいものだし

願書を出して向こうに判断を預けてしまえば、学校側も何かしら必ず判断を下さなきゃいけないわけです。

だから、父が学校に呼ばれて校長先生に受験を辞退してくださいと言われたときも

父は余裕で辞退はしません!と言い切ってきてくれました。

しかも、条件が合わずに不合格になっても、その結果は甘んじて受けるときっぱり宣言してきたようです。

たぶん、言われるままに願書を取り下げ人たちも何人かいたとは思うんだけど

その結果としては、6人定員のところを7人が受験することになったんだよね。

これは憶測だけど、学校側も6人受験6人合格に持っていこうとして

事前に辞退するように言ってきたのかもしれないね。不合格を出したくないというかさ。

まぁその辺はどこにでもある話なんだろうけど、

とにかく僕がコブみたいになって7人が受験することになった。

そして、それが運命の分かれ道になったんだよね。

ここで思いもよらず全員合格を求める大運動が起きたんです。新聞にも何度か報じられる格好でね。

それはみんなの念願だった養護学校に出来たのに、それでも尚入れない人がいるということに

どこか、もどかしさを感じていたのかもしれないし

また過去からさかのぼって願ってきた先輩達の怨念にも似た気持ちが爆発したのかも知れません。

もちろん僕ひとりを応援してくれたわけじゃないけど、受験生全員を押し上げる大きな力になったんだよね。


kotobu


というわけで、見事に合格したのが僕なんです。ふふっ

なんだかすごいことが起きたみたいだけど、結局のところ僕は何もしていないんだよね。

周りが僕のことを一生懸命考えて動いてくれたんです。

先生方はもちろん、辞退して欲しいといった校長先生すら上からの突き上げがあってのことだろうし

最終的に僕を入れてくれたのは校長先生だから、このことに関わった全ての人に感謝したいと思っています。

もっといえば高等部で学んだことは、僕の決定的なところを全部決めてしまったくらいの影響があったので

その意味はどこまでも大きかったと思うんです。

重い知的障害を持つ友達とそれまで以上に至近距離で交流を持ったことは

僕の考え方を劇的に変えるきっかけにもなったし

またもや面白くレベルの高い先生方に出会えたことも重要でしたね。


なんか長くなったんだけど、この話もチビ講演会でして来たいと思います。

実はいまもまた同じ問題が起きていて、その講演にも来る生徒も筋ジスで僕と同じく

ここの高等部に入れるかどうか微妙らしいんだよね。

今回、僕に声がかかったのも、その影響だと思うけど

僕が作った前例も、いまは昔過ぎてなんの効果もないみたい。

まぁ経験者としては、高等部も良いよ!ということをいってあげたいとは思うんだけどね。

僕の講演がちょっとでも、彼らを押す力になればいいなぁ。

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コメント

すごいですねぇ~^^新聞の記事にもなったんだね☆
学校ってお友達との出会いも、もちろん大事なんだけど、教師との出会いも大きいよね~!
私もすごく尊敬してる大好きな先生との出会いが高校なんだよね☆今でも、あの時期にあの先生に出会えた事に感謝してます^^

>僕が作った前例も、いまは昔過ぎてなんの効果もないみたい
これって、不思議なんだけど、そうなんだ。
のぶさんが行って良かったって、高校を振りかえるんだったら、その子にも、同じチャンスを与えてあげて欲しいなぁ~!

投稿: ゆきりん | 2006.09.03 12:17

ゆきりんさん

返事遅くなりました。
そうなんですよ。いくつか新聞にも取り上げられて
いまでも家に記事が残っています。ふふっ
僕は当事者なので、いろんな活動には
一切参加しなかったんですが、裏でそのように
たくさんの人が動いてくれました。ありがたいですね。
高等部は、クラスのみんなともとっても仲良くなりましたし
入学前の気持ちが間違ってたことにもすぐに気がつきました。

僕の次の年にも親友が、知的障害が無くて
受験して受かったので、確実に道が出来たなぁと思ったのですが
いままた問題になりつつあると聞いて僕も驚きました。
僕らのような生徒はあれ以来らしく、当時関係した先生達も
いなくなっているというのが大きいみたいです。
いまとなっては、僕を押し上げてくれたような運動も
起こるかどうか分からないで、僕もちょっと心配しています。

投稿: のぶ | 2006.09.04 10:46

のぶさん達が作った道は、今は消えて見えないかもしれないけど、過去にそういう実績を作ったっていうのは、すごく心強い事実だよね~^^もし本当に、その学校に通いたいって思ったら、大きな見方になってくれるよね☆

なんでも、最初が1番大変なんだよね~☆ 強行受験って、ホントすごいなぁ~!

投稿: ゆきりん | 2006.09.05 00:52

ゆきりんさん

ホントそうですね。
ほこりがかぶって見なくなってても
そこに道があったということは
大きな勇気を与えられるかも知れません。
当時は、みんなが押してくれたけど
今度は僕が彼らを押してあげられたら良いですね。
なんか昨日あたり、良いことを思いついたと思ってて
受験シーズンが来て本当に受験することになったら
校長先生に手紙を書いてみよう!みたいなね。
良いかも~。良いかも~。って感じです。ふふっ

強行受験。良いでしょう!
僕がというより父が踏みとどまってくれて
本当によかったです。
初めから諦めたらいけないと
強烈に勉強になりましたね。

投稿: のぶ | 2006.09.05 11:38

ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよう  のぶさん

これが のぶさんの 「僕はついている」のひとつなんですね。
自分で 何かをすること。 そして まわりが協力してくれること。
すべて 自分を大きく前進させてくれる一歩なんですね。
私も 娘に対して 旦那に対して 家族に対して そしてみんなに対して 手を差し伸べられる存在でありたいなって思いました。

投稿: きな☆run2 | 2006.09.07 09:59

きなさん

おはようございまーす。
もう3時過ぎてるけど、昼寝から起きたとこなので
やっぱりおはようですね。ふふっ

高等部のことは、僕のついてることの中でも
トップ3に入りますよー。
学校が出来たこともそうだし、みんなの応援も
入れたことも、そして高等部での出会いも
全てラッキーだったと思います。
あのときは僕はあまりがんばらなかったので
代わりに今がんばろうと思っていますよ。

周りががんばってくれているということに気がつけば
感謝とやる気は少しずつ増えてくるような気がしますね。
僕もきなさんと同じく、
まわりを助けてあげられる人になりたいです。
押し付けにならないことだけは注意したいんですけどね。

投稿: のぶ | 2006.09.07 15:25

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