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大学時代の話

はい。では、大学時代の話を書きますねー。

そういえば、肝心なことを忘れてたんだけど、うちの養護学校は

一応高等部ということにはなっているんだけど、高卒の資格がもらえない学校なんだよね。

身体的にも知的にも重い障害を持つ人を受け入れるということだから

学校としては、もともと勉強を教えることを意図していなかったわけで

当然ながら、科目の単位も取れるはずがなく、卒業しても進学できないことになってしまいました。

でも、正直に言って、入学する時には、そのことにはまったく気づいていないというか

他に行く高校がなかった僕にとっては、この学校に入ることだけが問題であって

親も周りも、その先のことを考える余裕もなかったような気がします。

だいたい進学しようなんて、その時点では考えもしないことだったし

特に中学のころの僕は、そんなに大学とかに憧れがあったわけでもないので

本人こそ、何も考えてなかったような気がします。

ただ高等部に入って3年を過ごすうちに、僕もいろいろな経験をして

大学に行きたい気持ちが少しずつ出てきたような感じでした。

そして、函館大学なら家からも近いし、何か方法を考えれば通えるかも知れないと思いはじめたとき

高卒の資格が無いこと、大学には行けないことを知ることになりました。

たぶん、先生方もめちゃめちゃ焦ったと思うよ。僕がよりによって大学に行きたいと言い始めるとはね。

まぁ高等部も出来たばかりで、僕は一期生だし、学校としては卒業生を出すのも初めて。

それどころか進学が問題になる生徒がいることすら予定外。


で、結局函大に行くことは諦めたんだけど、それでも僕は大学に行きましたよ。

ここでも僕はラッキーで、たまたまうちの学校の先生が手芸を習っていて

その手芸の先生が法政大学の通信教育部のカウンセラーをやってたんだよね。

そして、法政大学の通信教育部には高卒の資格が無くても、入学できる制度があったんです。

ようは聴講生として18単位を取れば、本科生になれる制度なんだけどね。。

ということで、高等部であまり勉強していなかった僕が、いきなり法政大学に入ってしまいました。

法政と聞くとみんなすごいね!って言うんだけど、そういう事情だから、全然すごくないんだけどね。


なんか前置きが長いんだけど、とにかく、そういう流れで僕は通信制の大学に入りました。

通信制の大学は、家でテキストとかいろんな本を読んだりして、課題のレポートを4通書いて

それに合格したら試験を受けるという形で進んでいくんだけど

卒業するためには、その他に必ず30単位をスクーリングで取らないといけないんだよね。

つまり東京にある本校で授業を受けて、単位も取らないといけなかったわけです。

そして、結果的には卒業しなかった僕ですが、

もちろん夏と冬と1週間ずつ何年間か東京の市ヶ谷にある学校までスクーリングに行きました。

これもね、わざわざ北海道から東京まで勉強に行ったことを、みんながすごいって言ってくれるんだけど

やっぱりすごいのはうちの親だよね。

お金もかかっただろうし、よく何度も連れて行ってくれたなぁって思います。

東京ではモノレールと山手線。そして、徒歩とレンタカーを使って、何の問題も無く移動していました。

また宿泊していたのは新宿の戸山にある障害者用のホテル。戸山サンライズです。

高等部の修学旅行で使った施設でしたが、法政の校舎が近いというのもとってもラッキーでした。

新大久保の駅や戸山の付近、箱根山公園とか、市ヶ谷。明治通りとか武道館、靖国神社あたりは

すっかり僕のご近所さんぐらい馴染みの場所になってました。

途中で呼吸器(夜間だけ)も使うようになったんだけど

それでも2,3回は行ってきたんじゃないかなぁ。呼吸器は東京の会社から借りたので

まだ昼間は使ってなかったし、函館からは持って行かなくても良かったんだよね。


だけど、スクーリングは、僕にとってとても素晴らしい経験でしたね。

友達も出来たし、大学の講義を受けたというのもそう。

そして、なによりも全国からものすごい数の学生が集まってることに驚いてしまいました。

みんな仕事をしながら勉強をしてるわけだし、休みだってなかなか取れないと思うんだけど

それでもこんなにがんばる人たちがいることにとっても刺激を受けましたね。

それに、年配の方がものすごく多て

若い人以上にその学習熱のすごさに圧倒されたことを思い出します。

それがみんな生き生きしてて、ものすごくパワフルなんだよね。ホント尊敬しちゃいます。

また障害者の人も5人ぐらい来てて、首の骨を折って全身麻痺の人とか

僕と同じく筋ジスの人も2,3人いましたね。

その中の一人は、いろいろと影響を受けた人で、パソコンも海外旅行も僕は彼の後を追った格好です。

このブログにもコメントをくれる人だけどね。ふふっ 


あとは学生会の集まりにも何度か参加して、函館支部のキャンプとか新年会とか

そういうのもとっても楽しかったですね。

で、スクーリングのほかにも、家で勉強して単位もいくつか取ったし

本科生にもなったんだけど、でも、残念ながら最後には挫折しちゃいました。

本を自分で捲れなくなったこととか、字が書けなくなったこととか

まぁいろいろと理由もあるけど、結果的にはやる気の問題なんだろうなぁ。

やる気があれば、もっと粘ってがんばれたはずなのに

いつしか、だんだん勉強しなくなって行ったもんね。

後悔はしてないけど、そこはやっぱり自分の努力不足ということで受け止めておきたいと思います。

親にはホント申し訳ないんだけどね。これをまたがんばる理由にしてやっていきたいです。


だけど、大学はものすごく良い社会勉強になったと思います。

スクーリングで何度も東京に行ったことで、車椅子でも余裕で行動できることを知ったし

自分にもかなり自信がつきました。勉強をがんばる人が世の中とっても多いことも分かったしね。

また高等部に入ったことで、法政の道も開けたわけだし

法政で経験したこと、法政で知り合った人たちは、みんなひとつひとつが僕のしあわせだから

なんていうか、過去からさかのぼって、全部つながってるってすごく思いましたね。

僕の人生は、親の選択もあって、八雲と函館でしあわせに暮らしてきたけど

そのどの場面でも、周りの人が温かく手を差し伸べたことが

どんどん次の出来事につながっていったんだと思うわけです。


いつだったか東京のホテルで、そのことに急に気がついて、妙に感慨深くなった一瞬があったんだよね。

あれね、確か大学が終わってホテルに帰ってきたら、車椅子バスケの練習してたんだよね。

なんかその激しさとか、選手達の生き生きしてる感じにメチャメチャ感動してさ

この練習風景に出会えたのも、きっと大学に入って東京まで来たからだって思ったんだと思うなぁ。

大学を紹介してくれた先生とかにもすごく感謝したし、やっぱり高等部に入ってよかったって思ったり

それなら、高等部に入れてくれた人たちにも感謝しないといけないなぁって

そんなことを一晩中考えてたような気がします。妙にうれしくなって仕方なかったんだよね。

あの瞬間はちょっと、考え方が劇的に変化した瞬間かもしれないなぁ。

変化っていうか、そうか!そういうことか!と悟った瞬間だったと思います。


なんか、あんまりまとまってないような気もするけど、そんな感じの僕の大学時代でした。

この記事を書くのに、ものすごく時間がかかった割りに、出来がイマイチですみません。ふふっ


あ!柔道。今日は惨敗しちゃいましたね。とほほ。

でも、こういうことはあっても良いと思うなぁ。

現実の厳しさ、だからこそがんばることにも価値があるということで、次回の戦いぶり期待です。

新しい選手も出てきたし、秋元、石井両選手はしっかり覚えておかなくちゃね。

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コメント

出会いが素敵な感じののぶさんを作っていったんだなーと実感です。他にも学ぶことにがんばってる人がたくさんいるんですね!僕も嬉しいです~。

投稿: 涼 | 2006.09.19 04:48

涼さん

出会いによって僕もどんどん変わっていくの
かも知れませんね。
よい影響をたくさん受けていますよー。
いろんな人から楽しい悪い影響も
いろいろと受けてますけどね。ふふっ
そっちのほうもとってもうれしい感じです。

勉強をがんばる人って、ほんとたくさんいますよね。
仕方なくやるのではなく、学ぶ喜びをもって
勉強してる人はみんな素敵だと思います。

投稿: のぶ | 2006.09.19 11:27

のぶさんは、自分の世界をどんどん広げていったことで、
得る物もたくさんになっていったんですね。
それを支えてくれたご両親の力も大きいです。
私は勉強が好きではなかったので(笑)、高校を出てすぐ就職しましたけど、それでも一つの組織の中で、人間関係や仕事のこととかたくさんのことを得ることができたと思っています。
>学ぶ喜びをもって
勉強してる人はみんな素敵だと思います。
うちの子達に聞かせてあげたいです(笑)


投稿: kuro | 2006.09.19 13:20

ただいま~♪無事帰ってきました~☆今回は母親や妹と思ったより、ゆっくり時間が使えました!感動屋さんの母親に、帰ったら『青いポスト』の、のぶさんの記事を読ませてあげよう~♪っと思っていて、早速見せてきました!私が大好きな「皆川明さん」の事を書いた、のぶさんの日記も見せました!すごく私、あの文お気に入りで、たまに元気がない時とか、振りかえって読みに行っちゃうんです!母親もかなり真剣に読んでいて、青いポストは感動していたし、皆川さんの文章は面白い面白い~♪と喜んでました!今回の私の親孝行はこの2つです!ありがとうございました☆
大学では、のぶさんは沢山の事を吸収して帰ってきたんですね!私は、短大だったけど、もちろん専門の勉強もためになったけど、今でも何が1番の収穫だった?って人との出会いですね☆
のぶさんも魅力的な人との出会いがあって、影響されて、今があるって書いてあって、昔、流行っTRFの「出会いとは人生の宝捜しだね」っていう曲の、歌詞を思い出しちゃいました!

投稿: ゆきりん | 2006.09.19 14:52

kuroさん

そうですねー。新しいことをはじめると
新しく見ること、知ることが多くて
得る物も多いと思いますねー。
でも、僕は仕事をしたことが無いので、
世の中の厳しさをあまり知らないかもしれませんよー。
その辺が僕の弱点かもしれないなぁ。
もっとがんばらなくてはーです。ふふっ
あ!僕も勉強は嫌いですよー。確実にー。


ゆきりんさん

改めてお帰りなさーい。
青いポスト。お母さんに見せてくれたんですね。
こちらこそ、ありがとうございます。
ゆきりんさんが宣伝部長になってくれて
ホント、とってもうれしいです。
皆川さんの記事は、僕もすっかり忘れてたけど
やっぱり皆川さんの考え方とか
ホント共感できますよねー。
僕も皆川さんに負けじと、コツコツ絵を描いていきたいなぁ。

大学時代は、ホント楽しかったですねー。
行く度に旅行にも似たワクワク感がありました。
いつもたった1週間だけでしたが、
その時のみのメンバーで毎日集中講義を受けていると
何人かの人と親しくなって来るんですよねー。
そういうのがとっても面白かったです。

投稿: のぶ | 2006.09.19 21:07

よっしーにも、いろいろ経験させてあげなくちゃ!
母は頑張るぞぉ~(^o^)/

ほんと、のぶさんはいつも前向きで尊敬するわ(^^)

投稿: ゆうこ | 2006.09.19 23:46

ゆうこさん

ヨッシー君もたくさん経験できると良いですねー。
ゆうこさんも大変でしょうが
僕に出来ることがあれば言ってください。応援しています。
それに僕のほうこそ、ゆうこさん、尊敬してますよ。
ヨッシー君や子供さんのこともそうだし、
仕事の取り組み方とか、なんか道路の雪かきをしてみたり
いろんなことに気がつくことやなんか、すごく見習いたいです。

投稿: のぶ | 2006.09.20 15:31

そっかー。法政だったのね。^^
卒業できなかったのは残念だけど、のぶさんの通信での経験が今に役立っているのがよくわかったよ~。
4通リポート書いて初めて試験が受けられて・・・とか、そういう現実を知っているのぶさんがいるって、なんだかうれしくなっちゃった。
正直今日まで辛かったもんなぁ・・・(苦笑)
のぶさんのご両親も本当に素敵なご両親だよね。
いくつになっても親ってありがたいよね。
のぶさんの大学のお話、なんだか元気がもらえたよ~。
ありがとう♪

投稿: マリーナ | 2006.09.20 20:33

マリーナさん

そうです。思いっきり名前負けですが
法政大学でしたー。
まぁ卒業単位の4分の1ぐらいしか取れなかったけど
天下の法政大学にツメのあとを残せて、うれしいです。
それにしても、マリーナさんはすごいなぁ。
通信を卒業するのはとっても難しいっていいますし
僕がいたころも函館支部で卒業できたひとは
ほんの数人だけって言ってたので
卒論まで来てるマリーナさんを僕は尊敬してやみません。
卒論の壁で苦労してるみたいですが
ここまで来れる脚力があれば、最後の山もきっと
踏破できるはず。とことん応援していますよ。

投稿: のぶ | 2006.09.21 12:06

のぶさんってほんとすごいね~
それにご両親も・・・

私にも、できるかな・・・

投稿: れんママ | 2006.09.21 23:53

れんママさん

僕は希望を言うだけで
ほんとにすごいのはやっぱり親ですね。

れんママさんもすごいと思いますよー。
たぶん、出来ることと出来ないことは
誰にでもあると思いますが、やろうとする気持ちがあれば
それで良いような気がします。
れんくんにも伝わると思いますよ。

投稿: のぶ | 2006.09.22 22:15

(コメントおそくなってゴメン)
のぶくん、ご両親とも頑張りはとても立派でした。
うちならそこまではできなかったよ。
途中で辞めたことはそれほど自分では残念には思っていないんだけど、
俺も両親には感謝しているし、いい経験をさせてもらったと思っているよ。
筋ジスの人は他にもいたんだね。

投稿: でーすけ | 2006.09.23 18:45

でーすけさん

なんもだよー。コメントくれるだけでうれしいです。
その節はホントお世話になりました。ふふっ
うん。うちの親はすごくがんばってくれてたと思いますよ。
その分だけ、僕ももうちょっとがんばれば良かったかもね。
まぁやるだけはやったつもりだから
僕も後悔はしてないけど、やっぱお互い親には感謝だね。

筋ジスの人はいましたよ。山梨の人だけど
期間中、毎日通ってきてましたね。ある意味1番すごいかも。
僕は北海道だけど、東京に来ればホテルからの通学だし
山梨から通学ってどれぐらい時間がかかるのやら。
上には上がいるということで。

でも、今でも連絡取ってるのってでーすけくんだけだね。

投稿: のぶ | 2006.09.23 23:29

古い記事に返信してすみません。
普通は、知的障害者向けの養護学校であっても、ちゃんと高卒資格と同等の資格となるはずです。
一般の大学であれば、養護学校高等部であっても入学資格となるはずです。

もしかしてその養護学校は、学校教育法一条校ではなく、フリースクールのようなところだったのでしょうか?
また、受験資格がないというのはどなたから聞いたのでしょうか?
養護学校の先生とか、函館大学の担当者とかでしょうか?

投稿: mint | 2008.10.14 06:03

mintさん

いまとなっては、20年近く前ですし
詳しく分からないのですが
高卒の資格と言うのは、科目単位が取れていないと
言うことだったのではないでしょうか?

学校としては、普通の養護学校に
併設された高等部なのでフリースクールと言うことは
ないと思うのですがね。

聞いたのは担任の先生です。
出来立ての学校で僕のような生徒は想定外だったので
学校側も慌てたと思いますよ。

次の年は、同じような生徒がいましたが
函大は試験を通れば受け入れると言う話で
僕の親友は函大に入りましたよ。

投稿: のぶ | 2008.10.16 22:36

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